Vol.2 時代の先をいくチャレンジを/トヨタ自動車株式会社
写真 左/インタビューを受けていただいた内田京子さん
1996年より7年間にわたり続いた「トヨタ・エイブルアート・フォーラム」は障害のある人による芸術活動を、全国に広めた大きなムーヴメントでした。以来エイブルアート(注釈1)と20年以上の関係を続けるトヨタ自動車株式会社。近年では東京オリンピック・パラリンピック2020の関連プロジェクトや、コロナ禍でのライブペインティングなど、常に時代の先を見据えたプロジェクトを提案しています。社会貢献推進部の内田京子(うちだきょうこ)さんに話を伺いました。
【トヨタ自動車株式会社】
1937年の創業時から「人々の幸せを考える」という思想を持つ自動車メーカー。1960年代にスタートした交通安全啓発活動をはじめ、被災地復興支援や海岸清掃などのボランティア活動や地域との連携を重視した環境保全活動などの社会貢献活動を推進。芸術文化分野でも、人材育成を目的とした「ネットTAM」や、1981年から続く「トヨタコミュニティコンサート」をはじめとする音楽分野の支援を続ける。 ▼社会貢献推進部Webサイト ▼メセナ活動Webサイト
20年以上にわたる関係性のなかで
トヨタ自動車株式会社とエイブルアートの協働がスタートしたのは、いまから20年以上前。阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件など、日本社会を揺るがす大きな出来事が続いた翌年でした。不安に包まれ、生き方や幸せのあり方も問われていた時代。トヨタは「障害のある人や、そのアートを通じて社会に新しい芸術運動を」というエイブルアートのミッションに深く共感し、障害のある人の芸術活動を促進するため「トヨタ・エイブルアート・フォーラム」をスタートしました。ゲストを呼んだシンポジウムやワークショップを各地で開催したこのフォーラムは7年間続き、全国34都市で63回のプログラムを実施。受講者のなかには、その後アートスペースを立ち上げ活動するディレクターも多くいます。 現在、トヨタの掲げる社会貢献のキーワードは4つです。「共生社会」「人材育成」「地域共創」「モビリティ フォー オール(全ての人に自由で安全な移動を提供)」のうち、エイブルアートは「共生社会」分野に位置付けられます。社会貢献活動を通し「自然の中で人間も生態系の一員と考え、人間社会においても多様性を尊重し、共生社会の魅力を伝えたい。人の心を動かす多様な価値観に触れる機会をつくっていきたい」と内田京子さんは話します。 近年のエイブルアート・カンパニー(註釈2)とのコラボレーションでは、スポーツの祭典だけでなく文化の祭典でもあるオリンピック・パラリンピックが東京で開催されることを機に、障害のある人によるアートへの理解を広げることで、心のバリアフリーを育む一助にしたいと考え、車体全面にオリジナルのイラストを施したラッピングカーの制作・展示、トヨタのモビリティ体験型テーマパーク「メガウェブ」(東京、2021年閉館)での巨大壁画制作など、アーティストの可能性を広げる取り組みをしています。 トヨタに所属するアスリートをモチーフにした絵を提供し、東京本社・名古屋オフィスのエレベーター、また東京本社レストランの紙コップやコースターのデザインにも使用。「いいですね」「これはなんですか?」と、お客さんや社員からよく声をかけられる、と内田さんは言います。 デザインはエイブルアートが依頼し、デザインユニットのHUMORABO(ユーモラボ)が担当しました。「単純に絵をそのまま配置するのではなく、サイズや媒体が変わっても魅力や個性が損なわれないよう、デザインやレイアウトに気を配りました」と、HUMORABOの前川亜希子さんは話します。
「まずは一緒にやってみよう」という支援のあり方
装飾やパッケージのために新作を描く経験は、アーティストにとっても大変な好機です。車いす陸上の鈴木朋樹選手を描いたアーティスト、マスカラ・コントラ・マスカラは二人組のユニットで、これまで覆面レスラーのイラストに文章を添える作品をつくってきました。鈴木選手から直筆のメッセージカードもプレゼントされ、歓喜にわいたそうです。 埼玉の施設で二人をサポートするスタッフは「今回の依頼は絵を描き始めた10年ほど前からは考えられないほどの大きな出来事でした。本人だけではなく、家族にとっても誇らしく嬉しい仕事だったことは間違いありません。私たちスタッフにとってもやりがいにつながりました。今回のように、企業や地域の協力によって彼らの絵の魅力は増していくでしょう」と振り返ります。 一方、2020年には音楽とのコラボレーションも行いました。トヨタが協賛するコンサート「みんなでベートーヴェン」にアーティストのSeiyamizuさんが参加し、演奏に合わせてライブペインディングを披露。2曲の演奏を通して約100枚のドローイングが描かれました。音楽との協働、コロナ禍でのYouTube配信といった初めての試みは、創作への刺激になっています。 「私たちにとっても、作家本人と直接お仕事する機会は少ないので貴重な出会いと経験になりました」と内田さん。「エイブルアートの活動を社内外に知ってもらいたい、ということで訴求をしてきましたが、まずは社員7万人に知ってもらいたいですね。そう考えるとまだまだです」と次のプロジェクトを検討中です。 社会情勢に呼応しながらも、常にアーティストの可能性を広げる挑戦の機会は、エイブルアートのような小さなNPOだけでは実現できません。「障害があるからできない」ではなく、トヨタのように「まずは一緒にやってみよう」という支援のあり方が、アーティストたちの次の一歩につながっています。 [取材・テキスト]佐藤恵美
註1/トヨタ・エイブルアート・フォーラムを主導した「エイブルアート・ムーブメント」は一般財団法人たんぽぽの家(エイブルアート・カンパニー本部事務局、奈良県)及びNPO法人エイブル・アート・ジャパン(エイブルアート・カンパニー東京事務局、東京都)が協働してすすめた市民運動。 註2/エイブルアート・カンパニーは一般財団法人たんぽぽの家、NPO法人エイブル・アート・ジャパン、NPO法人まるが運営し障害のあるアーティストの作品使用を通じて新しい仕事をつくる社会的企業。